コロナ禍の街中を歩いて

こんにちは。宇原哲生です。

今回は「記録」という意味合いが強い内容です。

人生でそう滅多に起きることではないので書いてみました。

新型コロナウイルスが世界中にまん延して1年と半年くらい経ったでしょうか。

海外の状況は、マスメディアが伝える断片的なことしか分からないし、国内のことも、他の土地のことまではよく知らないかな。

実際に身に沁みて感じることは、自分が住んでる町で起きている出来事。

僕の住んでいるところは熊本です。

街中を歩いて

熊本市街、その中でもっとも中心的なところを熊本市民は「街」と表現します。

「街に行ってくる」とは「熊本の中心街に行ってくる」を意味します。

つい先日、「街」を歩いていると、けっこうな人たちが行き来していました。

もちろんみんなマスクをつけてます。

いま熊本市は「まん延防止等重点措置」が適応中なのですが、もうすぐ解除されます。

感染者もかなり減っていることもあってか、みんなの気持ちも落ち着いているように見えます。

しかし空き店舗がところどころに点在し、「街」はなんだか寂しく見えました。

祭りごとの中止

どこの地域でも同じでしょうが、イベントは中止を強いられています。

熊本でも去年に引き続き、8月の「火の国まつり」、9月の「藤崎八幡宮秋季例大祭」が中止。

これらは、かなり大きな祭りで多くの人たち集まってきます。盛り上がりもひとしおです。

だからでしょうね。みんなが集まると密になるから感染者を増やしかねません。

なんだかポツンと穴が開いたような寂しさを感じます。

容赦のない災害

寂しかろうが悲しかろうが嘆いていても、お構いなしにやってくるのが災害。

とくに近年は雨の降る量がハンパなく、あちこちで水害をもたらしています。

川があふれ道路は冠水し、家の床も浸水する。人の心をぐちゃぐちゃにしていきます。

コロナ禍だけでもストレスなのに、まさに二重苦、三重苦。

なんでこんなに苦しい思いをしないといかないのか、と落ち込んでしまいます。

温かい人の心

落ち込んだ人の心を救ってくれるのは、同じく人の心です。

災害で被害に遭ったところに、ボランティアが来てくれます。それはとても心強いものです。

新型コロナの治療をしている医療従事者。病気の治療薬を開発している研究者。

彼ら彼女らの存在も、それはそれは頼もしく心強い存在です。人を希望の光へと導いてくれる。

神様がいるなら言ってやりたい。

人間ってかなりしぶとい生き物なのだぞ。知ってるだろうけどな。

街中を歩いて、再び

この最悪にまで陥った状況からでも、助けあい生き延びようとするたくましさ。絶対に希望を絶やさせないとする粘り強さ。

人は人に助けられ支えあって生きている、ということを改めて感じる今日この頃。

感謝をしていかないといけないし、そこに希望が生まれるのだなぁ。

困難な状況でも諦めずに生きていれば、必ず平穏な日々がやってくるのだ。

そんなふうに「街」を歩きながら、思いをはせていたのでした。

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