常識を疑う姿勢でいることが大事

こんにちは。宇原哲生です。

僕は子供のころから、ずっと思っていたことがあります。

「当たり前ってなんだろう?」

当たり前って人によって違うよね

地域によって、文化によって「当たり前」は違います。

時代によっても変わってきてます。それなのに画一的に「これが当たり前」と押し付ける。

非常に違和感があります。違うことを認めることって大事じゃない?

親世代から言われ続けた「当たり前」ということ

いきなり世界を広げすぎたので僕自身の話をしましょう。

子供のころ、親からよくこう言われてきた言葉あります。

「こんな当たり前なことが分からないの?」

そんなことを言われても、子供の僕には分かりようがありません。「なんで当たり前なの?」と聞いても「それが当たり前だから!」との答え。

あまりにも言われるので「当たり前」に疑問を覚え、違和感を感じるようになりました。

目まぐるしく変わる常識

僕の子供のころは「セクハラ」という言葉はあったけど「パワハラ」は無い時代でした。

だから普通に怒鳴られてたし殴られてもいました。今では考えられないですよね。

でもこれがちょっと昔の常識の世界。

今では「モラハラ」「アカハラ」「セカハラ」とハラスメントが増え続けてます。

もう「ハラスメント・ハラスメント」に時代ですね。

時代の流れはどんどん速くなり、半年前のことでも時代遅れになってたりします。

とくにテクノロジーの進化は日進月歩。ついていくのがやっとです。

もう、常識ってなんだ? となってきますよね。

常識を疑え

常識にとらわれていると成長が止まります。当たり前が染みついていると時代に取り残されます。

つねに前進し、時代についていくには、持っている常識を疑う必要があります。

僕が好んで使っている言葉があります。

「今日の常識は、明日の非常識」

いくら年齢を重ねても、時代に取り残されない人生を送りたいものですね。

コメント

  1. […] さて次回は、「常識を疑え」について書いていこうと思います。 […]