諦めが悪いので。

こんにちは。宇原哲生です。

僕は以前、こんなブログ記事を書きました。

>>>好きなことってなんだろう?

突然、好きなことが冷めてしまった。さて、どうしよう?

今回はこの続きになります。

諦めません、成すまでは。

ビデオゲームを諦めない

子供のころから大好きな遊戯機器だったビデオゲーム。

あまりに好きだったので、冷めてしまったなんて認めたくありませんでした。

認めざるを得なくなったのは、つい最近です。十何年と認めたくなかったんだなぁ。これは悪い意味で諦めが悪い例。

今ではきっぱり認めてしまっているわけだけど、それでもやっぱり心の奥底では「遊びたいなぁ」と思ってる。

情報サイトには毎日訪れてるし、最新情報も見逃さないようにしているし。

冷めてるようで、どこかまだ冷めきれていない。

目の前にはたくさんの積みゲーがあるし、やっぱりいつかは遊びたいと思っている。

また好きになって遊べるようになる日を諦めたくない。

ブログを更新することを諦めない

けっこう長いこと続けているこのブログ。

あまりにも平坦でつまらない人生を変えたくて始めました。

そこそこの期間やってきて風景が変わってきたかというと、まだそこまで変わっていない気がする。

まぁ、途中で何回も挫折をして離れてたりしてるので、変化しようにもできないのかも。

離れていたときもブログのことは気になっていたし実際に戻ってきた。

やっぱり人生を変えたくて諦めきれない。

どう変わりたいかは、1記事くらい書けそうなので別の機会に。

目標を見つけることを諦めない

何をやりたいのか分からない。目標がないからどう進めばいいか分からない。

やっぱり目標となる指針になるようなものは欲しい。

「お金持ちになりたい」とか「影響力を持ちたい」とかは、なんか抽象的。

もし実際に叶ったとしてその後どうするの? ってなる。具体性が欠けているから。

具体的な目標があると、逆算をしてやるべきことも明確になる。

明確なやるべきことって、なんだか楽しそうだ。

だから目標を見つけることは諦めちゃだめだ。

最後に

そんなわけで、なんだか「諦めない」決意表明みたいになってしまいました。

人生は一度きりですからね。やれる事はやってしまいたい。後悔はしたくないものです。

生きているだけでもたいしたもの。だけど生きがいは欲しいし持っていたい。

この諦めの悪さは生き方を不器用にさせるけど、これがなければ後悔する人生を送ってしまいそう。

僕にとってなんだか愛しい「諦めの悪い」性格です。

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